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【住宅×医療の最新エビデンス】vol2

その家は、20年後の「病室」になる ― 転倒と在宅療養から住まいを設計する
最新エビデンス特集 / 第2回

その家は、20年後の「病室」になる ― 転倒と在宅療養から住まいを設計する

健康な人が住む家から、治療とケアが行われる家へ。日本の住宅に静かに迫っている構造変化を、公的統計から読み解きます。

消費者庁/国民生活センター 医療機関ネットワーク事業 ・ 東京消防庁 救急搬送データ ・ 厚生労働省 国民生活基礎調査/人口動態調査/社会医療診療行為別調査 ・ 内閣府 高齢者の住宅と生活環境に関する意識調査 ・ 国立国会図書館 調査及び立法考査局

前回は「寒い家が血圧を上げる」という予防医学の話をしました。今回はその先の話です。住宅は、住む人が高齢になるにつれて「事故現場」になり、やがて「医療とケアの現場」になります。この二つの変化は、いま日本で同時に進行しています。

01

最も事故が起きる場所は、自宅である

高齢者の事故というと屋外を想像しがちですが、統計はまったく逆の事実を示しています。

約半数
転倒事故の発生場所
6年間に報告された65歳以上の転倒事故606件のうち、299件が住宅内で発生
約4倍
交通事故との比較
高齢者の「転倒・転落・墜落」による死亡者数は、交通事故死の約4倍
76%
骨折した場合
転倒で骨折した高齢者のうち、入院が必要となった割合

東京消防庁の救急搬送データでは、高齢者の転倒のおよそ6割が自宅で起きています。場所の内訳は居間・寝室、玄関、階段・廊下、浴室。つまり毎日必ず通る場所ばかりです。

意外な事実:内閣府の調査では、75歳以上の転倒のうち約50%が「段差のない屋内」で発生しています。玄関や階段のような分かりやすい危険箇所より、平らなリビングや廊下のほうが件数は多い。カーペットの端、電源コード、スリッパ、そしてわずかな照度不足が原因になります。

02

一度の転倒が、要介護への入口になる

転倒が深刻なのは、それ自体より「その後」です。骨折による入院で数週間動かないだけで筋力は大きく落ち、退院しても元の生活に戻れないケースが少なくありません。

転倒から要介護に至る典型的な経路

自宅で転倒
居間・廊下・浴室
骨折
大腿骨近位部が多い
入院・臥床
骨折者の76%
筋力低下
歩行機能が戻らない
要介護
在宅療養の開始
統計

「骨折・転倒」は要介護原因の上位に定着している

厚生労働省の国民生活基礎調査では、介護が必要になった主な原因として「骨折・転倒」が長年にわたり上位を占めています。2001〜2016年の各回で全体の9.3〜12.1%を占め、順位は第3〜5位。2022年調査でも上位を維持しており、認知症や脳血管疾患に次ぐ主要因です。

女性では、関節疾患と骨折・転倒を合わせると原因の第1位になります。骨粗鬆症の有病率が男性の2〜3倍であることが背景にあります。

出典:厚生労働省 国民生活基礎調査/公益財団法人長寿科学振興財団 健康長寿ネット
介入研究

運動介入で転倒は23%減る。ただし環境要因は残る

25か国・108件のランダム化比較試験(対象23,407人、平均年齢76歳)を統合解析した結果、運動介入によって転倒発生率が23%低下することが示されています。特にバランス訓練と歩行・機能的運動を組み合わせた多要素運動では34%の低下が確認されました。

ただし転倒リスクには本人の身体機能(内因性)と住環境(外因性)の両方があり、運動だけでは環境側のリスクは減りません。両輪で対処する必要があります。

出典:Sherrington et al. 転倒予防運動介入の統合解析(108RCT・23,407人)/健康長寿ネット
03

家が「医療の場」になる時代が来ている

もう一つの構造変化が、看取りの場所の移動です。日本人の希望と現実の間には、大きな隔たりがあります。

人生の最期を迎えたい場所と、実際の死亡場所

自宅を希望する人
約70%
実際に自宅で死亡
17%
実際に病院で死亡
66%

希望(2018年 人生の最終段階における医療に関する意識調査)と現実(2021年 人口動態調査)の間に、50ポイント以上の乖離がある。

推移

在宅での看取りは、実際に増え始めている

「在宅患者訪問診療料 看取り加算」の診療報酬算定件数は、2018年の8,167件から2023年には15,435件へと約1.9倍に増加しました。在宅患者数も90万人規模に達し、2年で10万人増えています。

背景には「施設から在宅へ」という政策転換があります。そして日本は多死社会に入りつつあり、死亡者数は2040年頃に約168万人でピークを迎え、2025年からの約25年間は毎年約160万人が亡くなると推計されています。病院の病床数には限りがある以上、この受け皿の相当部分は住宅が担うことになります。

出典:厚生労働省 社会医療診療行為別調査/国立国会図書館 調査及び立法考査局レポート/第一生命経済研究所
04

設計段階でしかできないことがある

ここが住宅づくりにとっての本題です。転倒対策も在宅療養対応も、後から改修できるものと、新築時にしか安く仕込めないものに分かれます。

壁の下地
後付け困難
手すりは後から付けられても、下地補強は壁を解体しないと入らない
有効幅
構造に依存
車いす・介護ベッド・ストレッチャーが通る廊下幅と開口部の寸法
生活動線
間取りで確定
寝室・トイレ・浴室の距離。夜間の移動距離が短いほど事故は減る

在宅医療が始まると、住宅には介護ベッド、吸引器、酸素濃縮器、点滴スタンドといった機器が入り、訪問看護師やヘルパーが日常的に出入りします。1階に寝室にできる部屋があるか、そこにトイレが近いか、玄関から寝室までベッドを搬入できるか——こうした条件は、間取りが決まった時点でほぼ確定します。

設計時の視点:「いま元気な家族」ではなく「20〜30年後の家族」を基準に、1階完結の生活動線を1つ確保しておく。これは介護のためだけでなく、けが・術後・産後といった一時的な不自由にもそのまま効きます。

まとめ:住まいを「時間軸」で設計する

  • 高齢者の転倒事故の約半数は自宅で発生し、死亡者数は交通事故の約4倍にのぼる
  • 危険なのは段差のある場所より、むしろ段差のない居間・廊下。照明と床仕上げが鍵になる
  • 骨折した高齢者の76%が入院し、その後の筋力低下から要介護に至る経路が確立している
  • 運動介入で転倒は23%減らせるが、住環境側のリスクは設計と改修でしか減らせない
  • 約7割が自宅での最期を希望する一方、実現しているのは17%。在宅看取りは5年で約1.9倍に増加
  • 手すり下地・廊下有効幅・1階の生活完結動線は、新築時が最も低コストで確保できる

主要参考文献:消費者庁「10月10日は『転倒予防の日』、高齢者の転倒事故に注意しましょう ― 転倒事故の約半数が住み慣れた自宅で発生しています」/消費者庁新未来創造戦略本部「住環境における高齢者の安全等に関する調査 報告書」(2023年3月)/東京消防庁 救急搬送データ/厚生労働省 国民生活基礎調査・人口動態調査・社会医療診療行為別調査/内閣府「高齢者の住宅と生活環境に関する意識調査」/Sherrington et al. 転倒予防運動介入の統合解析(108件のRCT・23,407人)/国立国会図書館 調査及び立法考査局レポート/第一生命経済研究所「多死社会のゆくえ」

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